ツイッターを眺めているとこんな内容のツイートを発見した。

「朝まで楽しもうぜ!とか言いつつライブ直前に現れ終わったら早速とクラブからいなくなる召喚獣みたいなゲストMC ギャラだけもらって他のプレイを全く見ない召喚獣みたいなゲストMC いざ状況が変わると鬼のスピードで手のひら返すゲストMC 全て名前を表記した本があればいいのに。主催者に幸を」

このツイートの主はラッパーの人らしく、おそらくイベントで実際に出会った「ゲストなラッパー」の現場での対応に関して疑問を持ったことがあるのだろう。

正直なところ若い時、自分もこの様な気持ちになった事が無いわけではない。クラブ遊びをしていると色々なやつがいるし。

ある人にとっては趣味や夢、ある人にとっては現実で仕事

自分は前述のツイートに対して若干疑問を感じたのだが、その理由は単純で「颯爽と居なくなる召喚獣みたいなゲストMC」の姿勢は別に問題では無いと思うからだ。

そもそも帰りたければ帰れば良い。他の出演者に興味が無いとしたらそれは興味を持たないゲストではなくて興味を持たせる事が出来ない出演者の責任だろう。音楽を聞くには時間と聞くという作業にはエネルギーが必要だ。

エネルギーの使いみちは自分で決めるといいんじゃないだろうか。いちいち他人にそんな事指図されるのがHIPHOPなら大したHIPHOPだ。

掌返しに関してはよくわからない。

そもそも招聘されている時点で責任は有る。その責任は「観客に対してエンターテイメントする」という責任であって「クラブに居続けなければならない」という責任では無いし「ギャラを貰ったら他のプレイヤーをきちんと見なければならない」という様な契約になっている訳ではないだろう。

朝まで居て欲しいのであれば「朝まで居てもらう」という契約で招聘するべきだし、「他のアーティストを見て欲しい」と思うなら「他のアーティストを見ること」という契約で呼べば良いと思う。「是非ともパーティーや出演者に対しての生産的な意見を頂戴したく、ギャラを上乗せ致しますのでお願いできませんでしょうか」などと言われればそう悪くない話だと思って貰えそうなものだ。

音楽に対してのスタンスは様々だ。高校生のときにギターをかじっており、ポップスを弾き語りできる程度の人もおれば、真剣にプロを目指して夢破れた様な人もいる。

音楽というものは非常に魅力的なもので、魅了されたものにある種大きな価値観を植え付ける事が有る。そして必要以上に熱くなる。

しかし、万が一「ギャランティーを貰い商売として音楽をやっている」というプロなのであれば、変な話だが熱いソウルとか情熱とかそういうものとは無関係に「家賃や光熱費の支払い」といった非常に面倒で現実的な責任を音楽によって果たさなくてはならない。

簡単にいうと商業ミュージシャンが音楽をするという事は「仕事をしている」というだけの話だと思っている。

えぐい話だが私がもしお金を貰ってラッパーにトラックを作って欲しいと頼まれたり、ミックスやマスタリングの作業を依頼された場合は絶対に自分の曲ほど情熱は注がない。というよりは注ぎようが無い。それなりの時間でお値段なりの仕事をしよう、と思うはずだ。

そんなにマジメに働いてるのか疑問

おそらく、前述の「商業的スタンスのラッパー」に対してどことなく疑問を感じているラッパーの人というのはおそらくプロのラッパーでは無いのだろう。何故プロで無いと断定できるかというとおそらくプロであればそっけ無いスタンスに怒りを感じるどころか共感すら示しかねないからだ。

それにそれなりに売れていれば他人の有り様なんて気にならないはずだ。そもそも幸せで自己承認欲求も満たされていれば他人にはあまり腹が立たない。

もし職業ラッパーで無い人が職業ラッパーのスタンスに腹を立てたというなら、普段職業として食い扶持を作っている仕事(音楽以外)をどれだけマジメにやっているかというのはとても重要な話だと思う。

ニッチな音楽シーンでは度々「リアルかそうでないか論争」が起きるのだが、職業ミュージシャンじゃない方が属に言う「リアルなスタンス」を保つことが簡単だ。日本でお金を稼げる音楽のほとんどはくだらないポップス崩れだからだ。この国はまともな音楽を必要としていないから、職業として音楽をやるには大量のゴミみたいな作業が必要になる。HIPHOP的に言うとセルアウト、というやつだ。

何度も言うがプロは音楽で家賃を払わなくてはならないし、経営スタイルは小さな独立自営業とさほど変わらないだろう。ビジネス的に見てエンターテイナーは無茶苦茶リスキーだ。客がつかなければ露頭に迷う。セルアウトしようが態度が悪かろうが性格に問題があろうが家賃を払えないと社会的に抹殺されるリスクが有るので、最初にそのリスクを払拭するというのは生き物として正しい。

何がいいたいかというと「コンビニのバイトで必要以上に熱い接客をする必要があるかどうか」ということだ。

そもそも商業的ラッパーの商業的な姿勢にいらっときた、恐らく熱くリアルなスタンスのラッパーは良い人なのだと思う。でも給料以上に働け、と言われたときに「はいよろこんで!」と叫べるのかどうかが非常に重要だ。じゃなきゃリアルじゃない。

もしどこかでアルバイトなどをしていて、この「さっそうと帰ったり聞かないMC」に対してのツイートをバイト先の店長が目にしたのならこう思うはずだ。「もっと頑張って仕事してくれ」と。

「職業・仕事」っていうのはそういうものだと思う。だからプロほどギャラ以上に仕事はしない。自分は別に職業音楽家ではないが、報酬と自分の労働のバランスを取る事はいつも気をつけている。

仕事だからこそ手を抜く

私は音楽を作るときほどマジメに仕事はしない。音楽は趣味というかライフワークであり宗教であるから真剣にやる。私はどちらかというと「音楽に対するリアルさとか熱さ」を好意的に感じているタイプの人間でもある。

反面仕事というのは面白くない。面白く無いというと語弊があるが「責任が重く辛いときがある」作業だ。ずっとやっていかなくてはならないので仕事は手の抜きどころもとても重要だ。健康も害さないようにしなくてはならない。

さて、仮に自分がギャラを貰って呼ばれるほどのラッパーだとしたら、恐らく出番が終わったら颯爽と帰ると思うし、興味がない出演者のライブも見ないと思う。時間もエネルギーも有限だし、そんな事してる暇があったら家に帰ってリリック書いたりビート打ったりしたい、って多分思う。仕事だし、より多くの利益を作る事に真剣になると思う。

しかし私は別に音楽で食っているワケでは無く遊んでいるようなものだからいくらでも楽しむ事ができる。パーティーも朝のラストまで遊べる。

結局仕事というのはとても大変な作業だ。多分その大変な作業の事をよく理解出来ずに熱い思いを語ってしまう人はちょっと他人の立場になって考えるという事が苦手な人なのかもしれない。

エンターテイナーは「観衆を魅了する」という仕事だ。仕事にはいつも具体的な対象とサービス内容が存在する。

クラブ界隈はゲスい

なんとなく、クラブ関連の人間付き合いに関しては一種のゲスさを感じる。ことさらHIPHOPとかの世界にそれを多く感じたことが有る。

なにせ「ワナビー」の集まりだ。ラッパーだ、DJだ、トラックメイカーだ、ダンサーだ、まあ様々な立ち位置があって大抵のプレイヤーは「これで食っていきたい」と多少は思っている。

なので他人に嫉妬する、足を引っ張る、色々とやるのがそういう業界だと思っている。もしかしたら理不尽な上下関係も場所によっては有るかもしれない。

こと日本は島国なので、アメリカ人よりも嫉妬深い。アメリカ人は好きな奴だろうが嫌いなやつだろうが才能と功績を祝福することができる民族らしい。聞いた話なので実感は薄いが。

なのでほんの少し共感出来ない人物が自分よりも成功するとすぐに嫉妬が始まる。こういうのは多分日本なら地方首都関わらずどこでも有るのではないだろうか。

年を取るとこういうのはどうでも良くなってくるものだが、若い時の事を思い出すととにかくこういった事が日常茶飯事だった。誰かが誰かを常にディスっている。きっと自分も誰かをディスっていた。その感情の原因は「報われない自分の悔しさ」だって事は今なら痛いほど解る。

ディスならばお互い話題性創出の為に商業的にやるほうが現実的だし建設的だ。憂さ晴らしを頑張るくらいなら曲を作るなり身体を鍛えたほうが良い。

つまるところ何がいいたいかというと「他人を指差す自分の指は綺麗なのか」ということだ。他者に「熱くソウルフルな人間性」を求めることなんて無駄だから自分が良いやつ、かっこいい奴になればとりあえず幸せだ。