インターネット時代は気づいたらやって来ていた。インターネット時代によって音楽ビジネスのあり方はがらりと変わってしまった。

一般家庭にインターネット回線が普及したのはだいたい2000年前後なわけだけど、もう気づいたら朝から晩まで何度もSNSを利用したりYOUTUBEで音楽を聞くという様なライフスタイルが当たり前になってしまった。

特に昨今では「音楽が売れない」などと言われることも多くなって来ている。今回は「インターネット時代」におけるインディーズ・レーベルのあり方をぼんやりと考えてみたいと思います。

音楽が売れない理由

音楽が売れない理由は真っ先に思いつく。無料で利用出来る動画サービスや音楽のストリーミングサービスの存在が原因だろう。

ただで聞けるのだからお金を払う人はいないと思う。そして確実に「CD」や「レコード」という「フィジカルリリース」された作品よりも、インターネットで簡単に接続しストリーミング出来るしさらに無料、という状況は利用者にとって優れている為CDもレコードも売れなくなった。

恐らく2000年前後のフィジカルリリースされた作品と、現在の作品では売上数は冗談抜きでゼロ一つ減っている状況だろう。過去は1万枚売れたものも現在は1000枚しか売れない、ということだ。

さて、これらの原因が「インターネットの責任である」と言われる事が多いわけだがその理由を考えてみたい。どう考えても「無料で簡単に利用できる」という状況を鑑みるとインターネットが音楽業界を不景気に導いている様に思える。

しかし、実際のところ消費活動を行う消費者こそが商品の価値を決めている訳だ。要するにリスナーは実は「音楽に極力金を払いたくない」と思っているのである。

なのでインターネットのせい、というよりは「そもそもリスナーは音楽作品にお金を使いたいとは思っていなかった」という現実が見えてくる。

音楽が売れない気がする理由として、ダウンロード販売の影響もあると思う。そもそもCDをプレスしたとしても「CDを聞く装置を持っていない」という人は多い。とりわけ日本のアーティストにはなんだか「CDが売れないと嫌だ」という空気が蔓延している様な気がする。

再生装置がないのでitunesで楽曲を購入しても良いと思う。まあしかしデータはいくらでも転送出来てしまう為、友人にこっそりとデータを渡している若者も多そうなものだし、そもそもCD時代ですらPCでリッピング出来るようになってからは同様にしている人も多かった為、やはり「音楽にお金を払いたい」とは多くの人々は思っていないとしか思えない。

なので、「音楽が売れないの」と言われることも多かったわけだが「リスナーが音楽に金をかけたくない」と強く思っていた・思っている背景と、現在のインターネットを始めとした各種ツールが単純にリスナーのニーズとマッチングしてしまった結果では無いかと思う。

いくらでも音楽が有る状況

さて、とくにインディーズのアーティストにとっては実は現代の状況とはそんなに悪くない気がする。何故かというと「自分の楽曲を聞いてもらう」為のツールやサービスが充実しているからだ。YouTubeやniconico動画、またSoundCloudなどに自身の作品をUPしている人が非常に多いわけだ。

こと、この状況は「作品が良ければ簡単に当たるかもしれない」というワケだが、事実そんなに美味い話は無い、というのが私の感想。

そもそも「音楽の良し悪し」などを気にして音楽を聞いている人というのは全リスナーのうち5%程度ではないだろうか?

恐らくこの5%は真顔で「NO MUSIC NO LIFE」とか言えちゃう危ない人々なのであって、未だにミュージックステーションとか言うテレビ番組を見て何を聞くのか決める人々はなんだかんだ多いのでは無いかと思う。

そもそも音楽なんて大した問題ではない。社会に出れば割りとそんなものは無くても生きていけるものなのだ。

しかし私達も一応「インディーズ・レーベル」のはしくれなのでこういった事情を無視するわけには行かない。なんとかして取り扱っている音楽を聞いて貰う、というのがそもそものレーベルの使命である。

さて、では「総ミュージシャン総レーベル時代」においてレーベルには何が必要なのだろうか?

レーベルのしごとは「キュレーションと研磨と装飾」

「総ミュージシャン総レーベル時代」においてレーベルの行うべきことは「ディストリビューションと利益の分配」だけでは無い。

つまるところ「キュレーション」が非常に重要だと思う。そもそも音楽リスナーの大半は音楽そのもの以外に魅力を感じている。音痴だろうが「タレント」そのものに惹かれている、というテレビ的価値観も未だ拭えない。要するに「音楽」ではなくて「音楽にまつわるその他の情報」も重要ということだ。

それは「●●から出ている」ということや「●●と共演したアーティスト」であったり「ルックスが良い」だとか「メディアで取り上げられていた」という様々な要素も関係しているということだ。

私感だが、前述の要素抜きに素晴らしい音楽をやっているが世間に全然知られていないという人は案外多いものだ。まず、レーベルの行うべきことはそういったアーティストに対するアプローチだろう。勿論ある程度の音楽に対しての嗅覚が必要ということだし、今は完璧で無くても将来性を見る必要もある。すでに完成されているアーティストはいくらでもやりようが有るし、金銭的に折り合いがつかない事実もある。

インディーズ・レーベルこそコンピレーションを作るのが好きなワケだが、これは単純にキュレーションの作業だ。コンセプトに合わせて多くのアーティストを招聘し、選択の方向性をリスナーに提示するにはコンピレーション・アルバムは非常に簡単だったりする。

さて、楽曲を集めるだけではいけない。やはり「アートワーク」や「リリース形態」なども音楽同様に徹底的に妥協せずに行わなくてはならない。

そもそもリスナーと作り手には大きな温度差があるのだ。作りてほど実は音楽以外の事に無頓着だったりする事が多い。その為レーベルは「アーティストが出来ないこと」をする必要がある。その一つがアートワークだ。

店舗で何らかの商品を買う場合、やはり包装一つ凝っている商品の方が欲しくなったりするものなワケで、実はここは音楽と同様に手を抜いてはいけないところなのでは無いかと思う。

さらに言うと「サウンドエンジニアリング」に関しても重要だ。やはり「品質の高いもの」である必要が有る。勿論意図的にゴミみたいな音質でかっこよい作品も有るわけだが、ネット上に発表されている多くの作品は音質で損をしている事が有る。曲は良いのにその良さを伝えるには今一歩であったりする事があるからだ。最低限、マスタリングなども技術のある人物に頼むべきだと思う。

実際、商業レコーディングスタジオでも実績がインディーズしかない、というケースも有るので金をかければよい、というワケでは全然無い。

恐らく個人で「曲を作ってSoundCloudに上げた」という作業だけでは限界が有る。そもそもフィジカルでリリースする体力は個人にない場合も有るし、ミックス、マスタリングの作業を考えてもメジャー級の作品にするには予算が莫大である。さらにプロモーションビデオも作ろう、となるとかなり予算が必要になるだろう。

しかし、レーベルがアーティストとは違いクリアしていかなければならない課題は、これらの問題をひとまとめに解決する仕組みづくりでは無いかと感じる。予算には限界が有るが、それでも妥協の無い作りを目指していくしかないのである。個人では出来ない「クオリティ・コントロール」が出来る事。これが実は「音楽売れない時代・音楽氾濫しすぎ時代」におけるインディーズ・レーベルのあり方なんじゃないだろうかと最近感じている。

最後に

なんだかんだ言っても楽しんでやることが一番だとは思っている。しかし、せっかく作ったものが評価されない場合、果たして本当に楽しいだろうか?

私はあまり楽しくないと思う。想像してみてほしい。ガラガラのフロアでDJをしなくてはならない状況を。それはそれで楽しくは無い。

なので「楽しむ」という事は実は結果も多少含んでの「楽しい」なワケであるからして、レーベルは常に現状のアーティストを更に高いレベルへ押し上げて行かなくてはならないんじゃないだろうか。

勿論インディーズといってもすでに完成されており、メジャーと比較しても遜色ない結果を出しているレーベルはすでにこれらをクリアしていると思う。問題は私達の様な「できたてホヤホヤ弱小レーベル」である。

まだまだ多くの人に聞かれるべき作品が有ると思っている。なのでレーベルとしても色々と頑張っていく必要があると感じた今日このごろ。より多くの人々が音楽の良さを感じたり、もっと楽しくなったり、そんな事が出来るようになっていきたいなと思ってます。